江戸時代後期は、改名・変名・複名は自由でした。
江戸時代に百姓の間で「~衛門」「~兵衛」を付けることがブームになりました。
ただし「左」「右」をつけることには躊躇し「衛門」「兵衛」だけつけたため、「右衛門」「左衛門」など「左右」が付いている場合は身分が高い。
という、根拠のない説明をする行政書士(先祖調査専門)がいます。
一例を紹介します。
こちらは享和二年(1802年)鳳至郡(石川県)藤波村百姓人別高附帳です。
少数の百姓が村高の大半を占めるという一般的な村ですが、富農~貧農まで「右衛門」「左衛門」が7人(全体の2割)います。
農民が太郎・次郎より複雑な名を欲するようにり、官職に由来する名は、村落にも広まっていきました。
どうして、百姓が名前に官職名をつけ始めたかは、まだよくわかっていません。
ですが、「右衛門」「左衛門」など「左右」が付いている場合は身分が高いというルールは特にありません。
具体的に「国名」「官名」とは次のような名前をいいます。
命名規則 | 説明・例 |
---|---|
国府(守)名 | 国の等級(上・中・下、遠近(遠・中・近))を意味します 丹波、備後、因幡、若狭、河内守、豊後・豊後守、佐渡守、淡路守、対馬守、丹後、讃岐守、武蔵(むさし)・越前・但馬(たじま)、但馬守、阿波守、日向 |
官職名 | 大宝律令、養老律令に規定された制度にもとづく官制を意味します 兵庫、雅楽亮、内蔵助、監物、雅楽丞、帯刀、大学助、内記、蔵人、玄蕃、主水、右京亮、左京亮、内膳、匠、隼人、将監、主膳、修理亮、外記、勘解由、~太夫、~介、~助、~輔、~丞、~佑、~佐 |
衛門名 | 衛門府。宮城門を守り、出入りを巡検する役です。江戸時代の百姓に人気な官名です 源左衛門 (源氏の源) 、八郎衛門 (衛門+排行型)、又右衛門、八郎左衛門、太郎右衛門 (衛門+排行型。右衛門の長男・太郎)、刑部左衛門 (刑部省+衛門) |
兵衛名 | 兵衛府。左右が存在し江戸の百姓名に人気な官名です 助兵衛(助は次官の意味)、源兵衛、儀兵衛、吉兵衛、藤兵衛、長兵衛、新兵衛 |
明治3年11月19日に「国名・旧官名使用禁止令(太政官布告第845号)」が布告され、「国名」「官位」を使うことが禁じられました。
【原文】 旧官人元諸大夫侍並元中大夫等ノ位階ヲ廃シ国名並旧官名ヲ以テ通称ト為スヲ禁ス 【現代訳】 国名並びに旧官名をもって通称にあい用い候儀停(とど)められ候こと
官名にあたる名前をそのまま付けることは許されないので「改名」をしなさいという禁止令です。
ではなぜ、ここまで「官名」が好まれたのでしょうか?時代を遡ってみましょう。
鎌倉時代の有力武士は、相当な金額を朝廷に支払って、官職を買得しました。
たとえば警察の高級幹部職、左衛門少尉(さえもんのじょう)が一〇〇貫文などの実例が残ります。
官職を入手した者は「二階堂左衛門少尉どの」などと、通称ではなくて、官職で呼ばれます。さらにこれが子息にまで影響しました。
このように、武士の通称には官職が用いられるようになりました。
守護大名が家臣や被官に対して、官名の私称を許す事例が表れるようになりました。
それで時が経つうちに、朝廷とは無関係ながら、権兵衛や新左衛門など、官職を含み込んだ通称が多く用いられるようになります(自官)。
富裕な農民なども「従五位」までなら特定の寺社の仲介によって規定の負担(金)で名前を買うようになりました。
このようなシステムを「衛門成(えもんなり)、大夫成(たいふなり)、村人成(もろとなり)、官途成、兵衛成」などといいます。
希望する名前によって値段が違いましたが、だいたい仲介料等を含め10貫(今のお金で100万)程度です。
【値段(相場)の一例】
※「兵衛」はやがて「べえ」と読まれるようになります。
※ 後には貧乏貴族が「小遣い稼ぎ」を目的に、もっと安い値段で勝手に許可を出すなんてこともありました。
このように農民が太郎・次郎より複雑な名を欲するようにり、官職に由来する名は、村落にも広まっていきました。
どうして百姓が仮名(けみょう・通称のこと)に官職名をつけ始めたかは、まだよくわかっていません。
百姓は、南北朝頃までは、名(うじな)、仮名(けみょう)、実名(じつみょう)をもっていて、武士と同じような名前の付けかたであったといいます。
そして、その後官名が仮名として広く使われるようになっていきました。
また、江戸時代の百姓は公的な文書では苗字・実名を名乗ることは許されていなかったわけで、現在残ってる文書はすべて仮名といってもかまいません。
改名により元の名前と完全に変わってしまっては不便も多いため、次のように一部を残した変更も多かったようです。
良左衛門 ⇒ 良市
清右衛門 ⇒ 清蔵
「衛門」「兵衛」の他にも官名はありますので、これは一例です。
こうした事を事前に知っておかないと戸籍や位牌に書かれた名前だけを宗門人別帳で探しても改名していたら気付かないことになってしまいます。
ご先祖探しをする際には明治初期に改名があったかもしれないという意識を持つことが必要です。
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